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インダストリアルデザイン・
アーカイブズ研究プロジェクト
Industrial Design Archives Project

はじめに

インダストリアルデザイン・アーカイブズ
研究プロジェクトとは?

インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクト(IDAP)は、家電製品を中心とした工業デザイン製品を、戦後日本のライフスタイルや社会行動、価値観をかたちづくってきた主要な構成要素のひとつと考え、その「記録」(製品情報)と「記憶」(オーラルヒストリー)を集積し、新たな視点での分析や研究を誘発し、未来に資する活用を促進することを目的としています。
2014年秋、大阪新美術館建設準備室(当時/現・大阪中之島美術館準備室)、パナソニック株式会社、京都工芸繊維大学の産学官三者連携事業として発足したこのプロジェクトは、これまでデジタルアーカイブズの試行版の作成、工業デザインのデジタルアーカイブズ化の意義について考える公開ディスカッション、そして戦後工業デザインの黎明と発展期を歩み支えた企業デザイナーたちのオーラルヒストリー聴取を進めてきました。そしてこのたび、これまで成果を基盤に幅広い企業や研究機関と多彩な協力関係を築くべく、三者連携を発展的に解消し、「インダストリアルデザイン・アーカイブズ協議会」を設置しました。今後は、協議会が中心となり、プロジェクトを推進していきます。

大阪中之島美術館と工業デザインのアーカイブ化

大阪中之島美術館準備室は、2014年以来、インダストリアルデザイン・アーカイブズ研究プロジェクト(IDAP)を推進し、電機メーカーや大学、研究者を会員とするインダストリアルデザイン・アーカイブズ協議会の事務局機能を担ってきました。IDAPは、大阪・関西で発展した工業デザインを主な情報収集と研究の対象とし、家電製品に加え、住宅建材や設備などにも注目しています。

「生活の中の芸術作品」と美術館

美術館はこれまで、美術作品に対する考え方の延長上でデザインをとらえてきました。大阪中之島美術館準備室の前身、大阪市立近代美術館建設準備室でも、造形文化形成におけるデザイン活動の重要性に着目しますが、収集方針のなかではデザインを「生活の中の芸術作品」と表現しています。美術作品に匹敵し「作品」と呼ぶにふさわしいデザインを顕彰すること、デザイナーという「作家」の「個性」と「表現」に着目することが、美術館の役割とされる傾向がありました。

美術館のなかで、あらためてデザインに向き合う

しかし、世の中にはデザインされていないものなどおよそありません。また、ドイツ人工業デザイナー、ディーター・ラムスの言葉を借りるなら、「もっとも良いデザインはデザインされていないと(思わせる)デザイン」であるという考え方もあります。 美術館が謳う「デザイン」が、実は美術館の外に広がる「デザイン」とは似て非なるものであるなら、我々はその事実と向き合い、あらためて美術館として、デザインをどのような基準で扱い、どのような目的をもって何を提供するのかを考えなくてはなりません。

大阪「家電王国」の歴史

戦後、大阪は弱電産業の集積地「家電王国」となり、今日まで、家庭向け電化製品を国内外に供給してきました。大阪の電機メーカーは、発電所を造ることもなければ、鉄道に電車を走らせることもありません。首都の総合電機・重電企業のように、国の行政が関与する社会インフラ事業を主たる生業とすることなく、東京からの地理的距離を活かし、身軽に「軽く」「弱い」電気機器をつくり、「小さな」私たちひとつひとつの家を照らし、その生活を支えてきました。

工業デザインのアーカイブへ

大阪の地に生まれる美術館として、この「家電王国」の歴史に背を向けて戦後デザインの収集と研究を考えることはできません。しかし、「見る」ことを主軸とする美術館が、使用によって真価が問われるべき工業デザイン製品をどのように評価するのか。美術館による収集はそれ自体がひとつの評価活動です。また、それには収蔵に伴う物理的な制約があります。たとえ一定の評価基準を設けることが可能であっても、星の数ほどデザイン、製造されてきた製品を網羅的に収集することは不可能でしょう。そこで我々がたどり着いたひとつの在り方は、まず評価を保留すること。そして製品そのものではなく、情報を収集、集約することでした。デザイン作品の収集ではなく情報アーカイブ、そして自館で完結する活動ではなく、企業や研究機関によるネットワークのハブという機能設定は、こうした姿勢によるものです。収集された情報が、ひとつの製品という点から、線へ、そして面へと広がり、次世代のあらたな視点による研究のリソースとなることを願っています。

植木啓子(大阪中之島美術館準備室 学芸企画担当課長)