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インダストリアルデザイン・
アーカイブズ研究プロジェクト
Industrial Design Archives Project

特別寄稿

インダストリアルデザイン・
アーカイブズ構築の急務

柏木 博Hiroshi Kashiwagi

デザイン評論家/武蔵野美術大学名誉教授(近代デザイン)

たとえば、はじめて訪れた街や村で、わたしたちはどのようなものに目をむけるだろうか。その場の自然環境や人々の行動を観る以外は、様々な日用品や衣服、建築を観ている。つまり、ほとんどは、いわばデザインを観ているのだといっていい。わたしたちはデザインによって、その街や村の文化的な特性を記憶に刻みつけることになる。観光旅行とはデザインを観る旅にほかならないとすらいえる。
柳宗悦は、1936年「日本民藝館」設立にあたって、「一国の文化程度の現実は、普通の民衆がどれだけの生活を持っているかで判断すべきであろう。その著しい反映は彼らの日々用ひる器物に現れる」。民藝館を訪れる「方は、他の美術館においてよりも、ここで日本の生活をまともにみられるであろう」と述べている。
日々の生活に供するもの(デザイン)は、わたしたちの文化のあり方を示している。そして、その変化は、重要な文化史を形成しているといっていい。しかし、日本では公的なデザイン・ミュージアムが存在しないばかりか、デザインのアーカイブズを構築することにこれまで目がむけられてこなかった。
現在、過去のもの(デザイン)が廃棄され消えていく状態が放置されている。思想家のヴァルター・ベンヤミンは「技術の進歩によって、使用価値を持った品物が次々と通用しなくなってしまうので、意味を失って『空洞化』した事物の数がこれまで知られなかった規模と速度で増大している」と指摘している。
そうした事態とは、もの(デザイン)に結びついたわたしたちの生活文化の記憶(歴史)を消失していくことにほかならない。
とりわけ、戦後70年、わたしたちの生活にとって決定的な役割をになってきた「家電製品」は、多くが廃棄されている現状にあっては、戦後の生活文化の記憶(歴史)が消失し忘れ去られる危険性がある。ちなみに、25年ほど前に、ロンドンのデザイン・ミュージアム「ヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアム(V&A)」で展覧会の展示のため日本のS社製のトランジスタラジオの所在をS社に問い合わせたところ、すでに廃棄して所有していないとの回答だった。V&Aは、あらためてオランダのフィリップスに問い合わせたところ、日本のS社のトランジスタラジオをコレクションしているとの連絡を受けたという。
どこに、どのようなもの(インダストリアルデザイン)が保存されているのかをアーカイブしておくことは急務である。わけても現存するものが少なくなっている家電製品のアーカイブズの構築は急ぐ必要がある。
すでに近年、日本製品のコレクションに力を入れはじめている海外美術館も増えており、資料の流出が考えられる。アーカイブズの構築は、わたしたちの生活文化の歴史的情報の整備であり、デザイン・ミュージアム構想の将来にむけても基本的な作業だといえる。(了)